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中田英寿とトルシエ、日韓W杯「1年前の確執」 通訳がいま明かす“豪雨会談”の真相
投稿日 2022年6月12日 22:03:47 (Samurai GOAL)
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フィリップ・トルシエ監督が日本代表を率いた1998年から2002年は、日本のサッカー史にその名を刻んだ中田英寿の全盛期と重なる。
日本代表の一員として21歳で98年フランスW杯に出場した中田は、大会後にイタリア・セリエAのペルージャへ移籍。各国のスター選手が集結し、当時「世界最強」と呼ばれたリーグでいきなり33試合10得点の成績を残すと、1999-2000シーズン途中に強豪ローマへ移籍。元イタリア代表FWフランチェスコ・トッティらとチームメートになり、翌2000-01シーズンには日本人選手として初めてセリエA優勝メンバーとなった。
スターダムを駆け上がり、短期間で世界的な名声を手にした中田に対し、トルシエ監督も当然大きな期待を寄せる。U-23日本代表で臨む2000年シドニー五輪に招集し、ベスト8に進出。A代表でも中核に据えると、01年3月に敵地で0-5と惨敗したフランス戦では、「サンドニ・ショック」と呼ばれた劣勢の試合の中で、中田はぬかるんだピッチをものともせず、ジネディーヌ・ジダンやティエリ・アンリといったスター軍団相手に1人気を吐いた。
しかし「トルシエと中田英寿」と聞いて、当時を知るファンの脳裏に真っ先に浮かぶのは、01年6月のコンフェデレーションズカップ準決勝オーストラリア戦後のチーム離脱と、それに伴う確執かもしれない。
あの時の2人が話したところで「折り合うはずがない」
W杯前年のプレ大会として日本で開催されたコンフェデ杯だが、欧州主要リーグのシーズンが終了しておらず、中田の招集を巡っては当初からセリエAで優勝争いを演じるローマが難色を示し、日本代表との間で微妙な空気が流れていた。トルシエは当然、代表監督として中田を最後まで起用することを主張し、一方の中田は日本人初のセリエA優勝の瞬間に立ち会うことを希望。溝が埋まらぬまま、最終的に準決勝後にイタリアへ戻ることになった。
そして豪雨のなか、横浜国際総合競技場で行われたオーストラリアとの準決勝で、中田は低弾道の直接FKを叩き込み1-0の勝利に貢献。チームをフランスとの決勝に導いた試合後、雨が降りしきるピッチ上で2人の“直接会談”が始まった。
通訳としてその場に立っていたダバディ氏は、「2人とも、お互いに怒っていた」と振り返る。
「なんとかして引き留めたいフィリップは、『100%中田が悪い』『エゴイストで、自分のことしか考えていない』と熱くなっていましたね。それに対して中田はもっと理性的で、『海外の人だってコンフェデを、そこまで重要な大会だと思っていないでしょ?』と冷静に話していた。
ただ、あの時の2人の立場、状況を考えれば直接話したところで折り合うはずがないんです。確かにコンフェデはそこまで重要な大会ではないけど、フィリップにしたら決勝でフランスにもし勝てば、日本にとって1年後のW杯へ向けてどれだけの自信になるのかと当然考える。相手もジダンはいないし、ベストメンバーではなかったから、そのチャンスもありました。一方で中田が、ローマの一員としてセリエA優勝の瞬間に立ち会いたいという気持ちも、僕には十分理解できた。日本サッカーの歴史の1ページになるわけだから、イタリアに戻りたいと主張するのも当然。結局そのまま折り合わずに、2人の関係性は一時冷え切ってしまった。日韓ワールドカップを前に修復されたけど、あの時、僕にできることはなかった」
コンフェデ杯で起きた確執はメディアでも大きく取り上げられ、指揮官とエースの対立はチームに不穏な空気を漂わせた。ただダバディ氏によれば、それでも中田の存在はトルシエ監督にとって「やりやすい選手だったはず」と振り返る。
「中田はフィリップや僕を、“外国人”と見ていなかったと思います。最先端の戦術論とか、監督の考え方に純粋に興味を持っていて、本当にフィリップと同じレベルに立ち、年齢差があっても全然萎縮しないし、同じサッカー仲間として話し合い、自分の意見も言っていました」
続きはソースで
https://news.yahoo.co.jp/articles/3f2da1229edd4b833c676812024b8045ac04968a
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Source: Samurai GOAL
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